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アフリカ旅行記セネガル編「アフリカは危険で旅の玄人しか行けない」って考えが変わる5人の体験談を紹介

2019年1月21日

「アフリカ旅行は旅の玄人しかできない」

そう思っている方にこの記事はピッタリです。

 

・初海外一人旅

・海外旅行2か国目

・高校生

・女子大生

 

など、多種多様な方々のアフリカ(セネガル)の旅行記を見る事で、その気持ちが少し変わります。

という事で、今回は「アフリカ旅行記」をお探しのみなさんに向けて、セネガルにお越しの方5名の体験談を紹介します。

では、どうぞ◎

 

アフリカ旅行ガイドブック セネガル(電子書籍)

セネガル(アフリカ)をもっと知りたい方向けガイドブック。「PC・スマホ・タブレット」などで購入してご覧ください。

・全424ページフルカラー

・写真多数

・電子書籍(世界中どこからでも購入可能)

 

アフリカ旅行記①30代女性アンナさん「アメリカからいきなりアフリカ!?私がセネガルでのホームステイで感じたテランガ」

【年齢】32

【お住まい】東京都

【ご職業】社会人

【セネガル渡航時の海外経験】1カ国

【セネガル渡航時のフランス語力】ゼロ

【セネガル滞在期間】1年間

【好きなセネガル食】チェブ・ヤップ

【セネガルのおすすめ観光地】ゴレ島

【セネガルの好きなところ】人が親切なところ

【セネガルの困るところ】人がずっと話しかけてくるところ

(上記プロフィールはすべてインタビュー当時のもの)

ボンジュール!アンナと申します。

出身は東京の足立区です。三人兄弟の長女です。妹と弟がいます。

 

アフリカに興味を持ったきっかけ

高校一年生の時の授業で「天使にラブソング2」を観て、そこから黒人文化に興味を持つようになりました。また大人になってから西アフリカ出身の友達が出来た事で、さらにアフリカへの興味が強くなりました。

「人類が誕生したと言われているアフリカへ死ぬまでに一度は絶対に行きたい!」と思っていたし、行くまで死ねないとも思ってました!また、昔から語学留学に憧れていた事もあり、アフリカに滞在しつつ言語も学びたいと思っていました。そこで英語ではなくアフリカで広く話されているフランス語にも興味を持ちました。

 

セネガルへ来ることを決めた理由

まず私は、インターネットで「アフリカ留学」「フランス語留学」「アフリカ ホームステイ」について検索しました、そこで一番先に出てきたのがこのガイドブックの著者の山田さんのホームページでした。

ホームページを拝見した所、セネガルはとても安全で、人が優しくて、食べ物も美味しくて、フランス人をはじめ多くの観光客がきているとの事でした。

特に「治安の良さ」が、私がセネガルを決めた理由の大きな一つです。拝見したその日に、すぐに山田さんへメールを送りました。

アメリカ外務省はセネガルの治安を「日本と同じ位良い」と評価しています

 

私がセネガル行きを決めたら家族や友達の行動が変わった

私がセネガル留学をすることになり、なんとまず私の家族が変わりました。いままで「海外行きたいなあ」と話すものの特に行動はしていなかった妹が、海外留学に向けて準備を始めました。また家を不在にしがちだった弟が、自宅にいる事が多くなり家族の団らんも増え、かつ仕事にも以前よりマジメに取り組むようになりました。また海外にも興味を持ったようです。二人とも自分の将来をより豊かにしようと行動し始めています。長女の私が今回こうした行動をとった事で、妹や弟に良い変化が生まれてとてもうれしかったです!

また、私の友達も、来年留学を予定しているのですが、より一層語学の勉強に力を入れるようになっているみたいです。

 

 来る前の不安と来てからの日常

まず、私は発展途上国へ行った事がなかった(というかアメリカ以外の国に行った事がありません(笑)しかも旅行です)ので、全てに不安がありました。

飛行機の乗り換えも経験した事ない、フランス語も話せない、英語も少しだけしか話せない、綺麗なトイレじゃないと嫌、などなど。

たくさんの不安を抱えながらセネガルへ来てみると、、、最初は言葉もまったく通じなかったけど、一人でバスに乗ってお店で物を買ったり、現地の家にホームステイをしているうちに少しずつ慣れてきて、フランス語レッスンへ通ったり毎日元気に過ごしました。

バスに乗ると、親切に席が空いてるのを教えてくれたり、声をかけてくれたり、何よりも争い事を目にしません。あと、日本では痴漢など女性に対する変な事をしてくる人が結構いますが、セネガルではほとんどいません。すぐにナンパはしてきますが(笑)また、喧嘩をしてる姿も見ないです。

 

そして、セネガル料理は基本ご飯食なので、日本人の私にとても合っていて、とても美味しいです!また朝食にはフランスパンも毎日食べてます。

またトイレもなんと水洗!笑

しかもトイレットペーパーを流しても大丈夫なのには驚きました。

 

私が今回セネガルへ来るにあたって、本屋さんでガイドブックを探しても見つからず、あったら良いなと本当に思っていました。東アフリカの方のガイドブックはあるのに、何故西アフリカがないのか不思議でした。

 

また、実際に筆者の山田さんにお会いして、セネガルでの活動や生活を見ていて、セネガルで頑張ってるなと、セネガルを少しでも経済面で豊かにしたいという気持ちが伝わってきました。セネガル人を相手に、一生懸命言葉や行動で伝えたい事を伝えている姿などは、本当に尊敬します。

このガイドブックのプロジェクトによって、セネガルにご旅行なさる方が一人でも増えて、現地の人の収入と雇用増加事を願っていますので、皆様、お気軽にセネガルに来てみてください!

 

最後にご覧のみなさまに一言メッセージをお願いします。

セネガル超おすすめです!

 

【セネ山備考】

アンナさんは最もセネガルに長くいた旅行者の一人ですが、実は日本人宿「シェ山田」滞在中に出会ったセネガル人の旦那さん(冒頭の写真の男性です)とご結婚されました。

現在は旦那さんと日本で仲良く暮らしているそうです。

末永くお幸せに◎

 

アフリカ旅行記②30代女性アイさん「私を呼び寄せた笑顔の国セネガル」

【年齢】32

【お住まい】長野県

【ご職業】学生

【セネガル渡航時の海外経験】5カ国

【セネガル渡航時のフランス語力】ゼロ

【セネガル滞在期間】2ヵ月

【好きなセネガル食】チェブ・ジェン

【セネガルのおすすめ観光地】ゴレ島

【セネガルの好きなところ】人なつっこい人

【セネガルの困るところ】やたらと話しかけられ過ぎて前になかなか進めなかったり。

(上記プロフィールはすべてインタビュー当時のもの)

とにかく笑顔が素敵過ぎる。トキメキが止まらない。

そもそもセネガルに行く決め手になったのはモロッコで出会ったセネガル青年の笑顔に衝撃を受けたからです。こんな笑顔の人が育つ国へ行ってみたい、そう思ったからでした。

アサラトという楽器を鳴らしながら歩いていれば、通りすがりの子供も大人もいきなり踊りだす。家の中にいても出てくる。フェスティバルだって夜中まで子供も大人も赤ちゃんを背負ったお母さんも踊っている。あの素敵な笑顔で。

ご飯時に前を通りすぎると、一緒に食べよ~、ってあの笑顔で誘われる。

初対面の通りすがりの外国人なのに。

いーっぱい有りすぎて書ききれない‼けど、やっぱり私には笑顔がいつまでも心に残ってます。皆で囲んで食べたチャプジェン、お喋りしながら回しのみするカフェトゥバ。1つのパンを皆でわけあい、なんかもう、何でもないようなことが一番幸せです!

カザマンス地方で出会ったラミン。お家の敷地内にテントをはらせてもらって2週間の間共に過ごしました。町から更に外側にある自然に囲まれた静かで最高な環境の中で皆で食べたチェブ・ジェン、お喋りしながら。最高でした。

 

最後に読者の皆様に一言メッセージをお願いします。

セネガルいいとこです!

 

【セネ山備考】

長期旅行中、ひょんなきっかけでセネガルに来る事を決めたアイさん。

セネガルに来た理由がユニークなアイさんは、滞在中も「人」に密着する独特の素敵な時間の過ごし方をされていました。

「縁を感じて直感で来てみたら最高でした」とおっしゃってくださったのが印象的でした。

 

アフリカ旅行記③高校生男性レオさん「初海外一人旅のセネガルの道端で考えたコミュニケーションと幸福」

【年齢】16歳

【お住まい】東海地方

【ご職業】高校生

【セネガル渡航時の海外経験】1カ国

【セネガル渡航時のフランス語力】ゼロ

【セネガル滞在期間】2週間

【好きなセネガル食】チェブジェン

【セネガルのおすすめ観光地】何気ない町の風景と人々の触れ合いの観察

【セネガルの好きなところ】人の触れ合い方

【セネガルの困るところ】いい人が多いが騙されないように注意が必要

(上記プロフィールはすべてインタビュー当時のもの)

<セネガルと自分1 アフリカに興味を持つまで>

突然、1年間の車椅子生活を余儀なくされた。

それは中学校2年生4月、13歳の時。

野球部に所属していた自分は腰の怪我をしてしまったのだ。

怪我以前から野球を強制してやらさせられている空気には嫌気がさしており、将来の事を考える中でも「今後どのように動いていこうか」と途方に暮れ学校生活がとても苦しかった。

そんな時に怪我をして歩行不可能になり、自分の感じる孤独感は吐き気がするほどだった。

 

車椅子に乗っているとどうしても自分では不可能な事が出てくる。

自分の場合は例えば段差を越えること、砂利道を進む、物を落とした時、転倒した時などであった。そのような困った時に自分は決して善意からの助けを感じることはなかった。

車椅子で坂を上るのはとても大変で時間がかかるが、周囲を通る人々は振り返り自分を見ることはしたが押してはくれなかった。

また、道路の溝に車椅子の車輪がはまり、転倒しても起こしてくれることはなかった。電車に乗る時でも、一斉に目線を感じる。それらも自分には冷たく痛く感じられた。

 

小さな子供が、

「なんであの人車椅子に乗ってるの~?」

と母親に言っていた事もある。そして母親は慌てて人差し指を口に持っていき子供を連れ違う列車に動いた。

当時の自分にはその状況がとても寂しく感じられた。

 

同時に、自分もいままで同じ事をしていたと気付いた。

どこまで困っている人に弱者とされる人に献身的に動いていただろうか。

怪我をする以前、自分は弱者に対して考えることもしていなかった。ただただ活発的な子供だった。

電車で車椅子に乗っている人がいれば、見てはいけないと瞬時に思い目を背けていた。

困っている人が街中にいても話しかけるの恐れ素通りしていた。

自分は見て見ぬふりをしていた。

 

ある偉人の言葉に”見て見ぬふりをするのは同罪だ”というものがあり、それを当時初めて知った。

自分はその言葉に物凄い刺激と感動を持った。

 

物理的に視線が低くなった分、路上に落ちているゴミに対して目がいくようになる。

人々はきれいな街並みを好むのに、一つのゴミを見て見ぬふりをしていたのだ。自分は物を拾い上げるのは大変だったがするようになっていった。

自分自身が見て見ぬふりをされる事により、それが何たるかを少しずつ考えるようになっていった。

弱者に対しての自分の無関心を否定することはできなかった。

それで自分は少しずつ周囲に目を向け始め、大きく”人”に対しての興味が増していき、貧困・紛争という一貫したイメージが強かった”アフリカ”に対しても興味を持ち始めた。

 

<セネガルと自分② 1年間、50人に断られ続けて、ついにつかんだアフリカ行きの切符>

ネットで調べていく中で、アフリカの人達は物質的不足にも関わらずイキイキとしているように思えた。

肉体的幸福と精神的幸福で考えると、確かに彼らはお金も食料も乏しく肉体的幸福には程遠い生活かもしれない。

だが、物資が満ちている日本の多くの人たちは幸福を心から感じ放っているだろうか?

 

アフリカについて意見している人達は多くが精神的幸福について動画やブログで話されていた。

それらを見ていく中で疑問が募っていった。精神的幸福とは実際にどのようなものなのか。

知りたかったし体感したかった。そのような生活を。

 

それで中学3年生5月、14歳の時、アフリカへ行く事を模索し始めた。

そして生活に触れるなら一番近くが良いと思いホームステイをする事を決めた。

 

ホームステイをすることを決めたのは良いが、受け入れ先を探すのにとにかく時間がかかった。

調べ始めた中学3年生の夏休み前から、高校1年生の夏休み前の丸々1年間、ネットで受け入れ先を探し、現地在住日本人の方など50件近くの方々にメールを送り続けた。

 

当初は発展が著しく現れてきている東アフリカに行こうと思い多くの方々にメールを送らせてもらった。

だが中々受け入れ先が見つからず、ある方々には、

 

”君はアフリカを貧困、紛争、などと決めつけており、そんな人にこちらへ来てもらっては困るし来て欲しくはない”

”あなたは考えてない、もっと自分の考えをまとめてから行動するべきだ”

と自分の考えや欲求を理解してもらえず厳しい言葉を投げかけられたりもした。

 

その他の断られてしまう理由の多くは年齢が理由だった。

確かに未成年の高校生を受け入れるのには大きなリスクを伴うが、年齢、身分を知った時点で断られてしまった時には、受け入れ先が見つからない焦りと、そのような判断をする方々に対して多少落胆もした。

 

アフリカについて調べていく中で日本の大使館が定めている治安度というものが存在することを知った。

驚きが一つあった。西アフリカは紛争や飢餓が激しい地域なのに、セネガルだけが唯一日本と同じレベルの治安度だったのだ。

紛争地帯の中のオアシスとも言える、セネガルに魅力を感じ、そのような状態を見て見たかった。

 

夏休み直前の三者面談。

この日までに受け入れ先を決めないと、アフリカ行きは難しそうだった。

焦っていた。

夏休みの関係上、渡航可能な日まで1ヶ月を切っていた。

 

そんな中、いよいよ迎えた三者面談の日。

1年間、50件近くメールを送り続けて、受け入れてくれる方が決まったのは、なんとその三者面談の日の朝だった。

その受け入れを快諾してくれたのが、アフリカ商会代表の山田一雅さんだ。

受け入れてくれるとメールが来たときには、朝方だったが嬉しさのあまり発狂してしまった。

 

それから山田さんとのメールのやり取りで準備を固めて行った。

未成年であり、やはり親の同意なしには動けないので話し合い、山田さんともビデオ通話アプリで話をさせてもらった。その時にホームステイ先の方の家を見せて貰い親も安心したようで、なんとか渡航に同意してくれた。

 

<セネガルと自分③ 初海外一人旅がセネガル>

一人旅は初めてだった、しかも”アフリカ”へ。海外へは12歳の時家族とシンガポールには行っていた。

シンガポールは観光客が多く、日本人もたくさんいた。住人の方々が家の前・路上に座って仲良く話をしているような事もなかった。

シンガポールには巨大なビルが密集しており、人と人の繋がりというよりもネットワークの繋がりを目で感じた。

 

街では色々な国の味が体感できる、しかしそれぞれの国やシンガポールの内面的部分は中々感じられなかった。

上辺の観光としての目的なら容易に達成されるだろうが、確かにそこにいる人々と心から絡み合うにはもっと掘り進んでいく必要があるように思う。

シンガポールは観光や産業を急激に特化させてしまったが故に個が見え隠れしてしまっているように自分は感じた。

 

飛行機の乗り換えも順調に行き約20時間かけて夜中にセネガルへ到着した。

セネガル入国には現在ビザは必要ない。だが日本、羽田空港でビザの申請をセネガル、ダカール空港でする必要があると言われており、緊張しながら入国審査を受けたが必要は無かった。そして一つしかない出口から外へ出ると、背筋が凍るような恐怖を感じられた。

鉄格子に囲われた道を進むのだが想像もしていない人の数だった。そして目線が一斉にこちらに向き掛けられる声に恐れを感じながら、後ろを振り返り一歩進むと山田さんから名前を呼ばれ、安心した。

そしてホームステイ先のご主人と三人でタクシーに乗りお家へ向かう。

 

タクシーの窓から見える景色は暗くあまり見て取れなかったが、建物が高くない事はわかった。

お家へ到着して中に入ろうとすると、庭に座った人が3,4人いて、話をしながら、ラジオを聞いていた。

なんとも心が舞い上がった。一瞬にして暖かさを感じられたのだ。

 

家族の方に挨拶をして日本から持ってきたお土産の甚平をお父さんと奥さんに渡した、お父さんがすぐに着替えてくれて空気が多少なり和んだ。

フランス語が話せず緊張していた自分に英語で話しかけ始めてくれた。

初日の夜は眠れないと思っていたが、初めての旅が始められる安心と共にすぐに目が閉じた。

 

<セネガルと自分④ 貧困と幸福>

セネガルでのホームステイでは、やはりホテルなどに泊まるのとは違い、そこに住む人の素の生活が真近で見て取れた。

朝はモスクからの音とヤギの鳴く音で目が覚める。そして次第に日が昇るにつれ人も外に出てくる。

大きなバケツと服を持ち外で洗濯をする人。朝食のパンを買いに行く人。ヤギの世話をする人。

自分は毎日のように朝食を食べた後は家の周りを散歩していたが、大概は多くの子供に声を掛けられる。

何人か仲良くなった子もいて、道を案内などもしてくれた。子供だけでなく大人も常に挨拶をしてくれた。

 

道では常に4,5人の集団があちらこちらに座っていて特に仕事の話をするわけでもなく、ただただ時間がゆっくりと流れているのだ。

それを見ている自分はその時間に温かさを感じた。

決して裕福な生活を送っていて余裕があるから道端に座っているのではない、むしろそういう人々は仕事が無い方の人達だ。

それでも陽気に焦らず生活を送っていて周りもそれと同化している状況はとてもじゃないが貧困という言葉で括る事はできない。

 

家からバスで15分くらいのサンダガという町で、一人の20代前半ぐらいの青年に声を掛けられ、拙い英語ではあったが話をしていると急に「飯をおごってやるよっ!」と言われ屋台に連れて行ってもらい、昼食を奢ってくれた。

サンダガを散歩しているとブレスレットや何かを売っている店のおじさんにも声を掛けられ、話をしていると最後に商品のブレスレットをくれたりもした。

気前が良いというか、見えを張るというか、彼らは貧しいはずなのにそれを表には出していない。しかし良い事ばかりではなく、同じサンダガで声を掛けてきて仲良くなった20代後半ぐらいの青年に家で昼食を御馳走してもらったが、本来500CFA程の料理なのだが20倍の10,000CFAを払えと言われたりもした。

家の近くの子供と話をしていても生活の困窮は否めないと言いはするが、変わりに幸せだとも言っていた。彼らは貧しさを表には出さず今を生きていた。

 

ホームステイ開始三日後からフランス語を家主の方に教えてもらっていた。とにかく話す事を重視してレッスンをしてくれた。

生活上で使うものを場面ごとでリストアップしてくれ、それらの発音練習などを徹底した。そのおかげで街へ一人で出かけても、躊躇いなく話をすることができた。(挨拶程度だが)

 

<セネガルと自分⑤ 何が幸福か>

セネガル渡航前から何が幸福であって....などは深く考えてはいた。

しかし世間一般からはお世辞にも幸せな環境とは言えないアフリカ大陸、西アフリカ、セネガルにイメージではなく実際に触れて感じたのは、そのようなマイナスなイメージではなく“可能性”だった。

 

セネガルの人たちに対して一貫して感じられたのは心の豊かさだ。

だが問題点を挙げるとしたら明らかにあって、それも生活に直面したものである。それでも生活をしている彼らに自分は不幸せな環境だ、などと言えるのだろうか。

いや、決して言えない。彼らほど寛大な人々が目に見えぬ存在に虐げられ、自らの可能性を紡がれている事が最大の問題であり世間一般からのイメージに相対しているように思える。

よって自分はそれらの今の在り方に不信感を抱き、その不信感をひも解き今の在り方を変えるべく動いていこうと思う。

 

現在は、セネガルでの道端での人々の触れ合い方をヒントにして、学生団体Coldy(コルディー)を立ち上げた。また、TEDx などで講演もした。現在の活動は、もしセネガルに行っていなかったとしたら生まれなかった。

 

最後に読者の皆様に一言メッセージをお願いします。

これからSNSの発展や新しいコミュニケーションツールが生まれることで、人と人との関わりがもっと重要視されてくる時代になってくると思います。

またセネガルは、人との関わりについて学ぶことができる最高の場所であると感じています。

山田さんのガイドブックのおかげでさらにハードルが下がったセネガル。

ぜひ行く事をおすすめします。

 

【セネ山備考】

高校1年生、人生初の一人旅でセネガルにお越しになったレオさん。

セネガルの人の関わりについて感銘を受け、現在は日本で出資を受け起業家として活躍中です。

日本でもいちどお会いしましたが、セネガルに来た当初のイメージと異なり、快活になっていて驚きました。

レオさんは行動力がすごい。僕が尊敬している人の一人です。

 

アフリカ旅行記④大学生女性マキさん「テランガに触れた。第二の家族ができた。」

【お名前】マキ

【年齢】21

【お住まい】神奈川県

【ご職業】学生

【セネガル渡航時の海外経験】10カ国

【セネガル渡航時のフランス語力】中級者

【セネガル滞在期間】1か月半

【好きなセネガル食】ポテト入りのハンバーガー

【セネガルのおすすめ観光地】ラックローズ。目を疑うようなピンク色に染まった湖でボートに乗ったり、泳いだりすることのできる楽しいスポットです。

【セネガルの好きなところ】日本と違い、時間がゆったり流れているところ。

【セネガルの困るところ】街を散歩していると、「チンチン・シン」と中国人と勘違いされ、声をかけられること。

(上記プロフィールはすべてインタビュー当時のもの)

私はセネガルで一ヶ月半、山田さんのホームステイプログラムに参加しました。ステイ先の家族や、友人たちとの思い出は、セネガル滞在において最も記憶に残りました。

 

セネガル人は気さくで、おせっかいなほど優しくて、面倒見が良いです。

ステイ先のお兄さんと友達と、毎晩集まっては朝まで歌ったり、踊ったりを繰り返していたのですが、肌の色も文化も全く違う異質な存在である私を、彼らは快く受け入れてくれました。

セネガルの母語はウォロフ語なのですが、私のためにフランス語を用いて話してくれたり、簡単なウォロフ語を教えてくれたり、仲間を超越してファミリーと言ってくれたのは本当に嬉しかったです。

日本の文化にも興味を持っていて、映画の影響からか「侍・ヤクザ」について頻繁に聞かれました。

中には、将来侍になりたいという人もいて「侍になるにはどうすればいいのか」とよく尋ねられましたが、返答にとても困ったものです笑。

 

観光地に行くと、日本人女子が一人で歩いているせいか、やたらと「案内してあげるよ」と声をかけられます。

外国でよくある例で、頼んでもいないのに勝手に案内された後、金銭を請求してくるというパターン。

観光地、ゴレ島とラックローズでは、まさに頼んでもいないのに、終始ガイドかのように隅々まで案内されました。が、ガイドが終わった時に、彼らが発した言葉は、

 

「セネガルの良いところを紹介できてよかったよ!」

「ちょうど暇してたんだ、楽しかったよ。ありがとう!」

と逆に感謝の念を伝えられる始末。

異例なパターンがセネガル滞在中に2件もあったので驚くと同時に、セネガル人の優しくて思いやりのある面が、垣間見れた瞬間でした。

 

他にも外国あるあるとして、タクシーなどのボッタクリが挙げられますが、セネガルではまた一風変わった機会に遭遇しました。

タクシー降車時に、乗車時と異なる値段を言われ、

 

「本当にその値段?乗車時に交わした約束と違うでしょ?」

と強気に言ってみたところ、

 

「悪かったよ」

と言われ、元の金額で降車できました。お互い嫌な思いをせず、済んだ一件でした。

 

ホームステイでお世話になったホストファミリー、そして近所の方達には大変お世話になりました。

私の面倒を見てくれた、ステイ先のお兄さんとママには感謝しても仕切れないです。

お兄さんには、セネガルの文化や宗教、政治、この国が抱える問題点など私の興味がある分野について、よく教えてもらいました。

お兄さんが顔が広いということもあり、彼の友人宅にはよく上がらせてもらったものです。

また、ステイ先のママには本当に可愛がってもらいました。

セネガルの大統領の名前が「マッキー・サル」というのですが、私の名前(マキ)が似ていることから、初めのうちは、マッキーサルと呼ばれ続けていたのが思い出深いです。

 

食事の際も

「味は口に合うか」

と毎回聞いてくれたり、魚など私に食べやすいようにあらかじめ切ってくれたり。

「あなたには日本人の母がいるかもしれない。けどね、私だってあなたのママなのよ。セネガル人のママは私だけなんだからね。」

「あなたは私の、かわいい娘よ。」

と、ママが私に何度も言ってくれたのは、とても嬉しかったです。

なので、ホストファミリーや友人との別れは、これまでにないほど辛かったです。

 

たった一ヶ月半の滞在にもかかわらず、これほど私のことを温かく受け入れてくれて、毎日楽しく過ごせたのは、セネガル人のテランガあってこそだと思います。

 

【最後に読者の方に一言メッセージをお願いします。】

セネガルは治安が良く、優しい人々で溢れかえっています。

ぜひ一歩踏み出して、セネガルへ。BON VOYAGE !

 

【セネ山備考】

僕と同じ大学なのに、こんなにすごい人もいるもんだなと思わせてくれるのがマキさんでした。

セネガルでもなかなか豪快な(笑)過ごし方で楽しんでいました。

セネガルから帰国後はフランスへ行ったりと、引き続きフランス語にも触れているようです。

彼女は将来大物になります。

 

アフリカ旅行記⑤20代男性コーヘイさん「アフリカ旅行記路線バスでの触れあい」

【年齢】24歳

【お住まい】東京都

【ご職業】会社員

【セネガル渡航時の海外経験】88カ国

【セネガル渡航時のフランス語力】ほぼゼロ

【セネガル滞在期間】1週間

【好きなセネガル食】チェブ・ヤップ

【セネガルのおすすめ観光地】

ンゴール島:観光客が少なくこじんまりしている。雰囲気は沖縄みたいで、のんびりとした時間を過ごせる。島の北側から眺める大西洋は青く美しい。

【セネガルの好きなところ】

①気候が安定している ②ご飯が旨い ③物価が安い ④治安が良い ⑤路線バスが発達している

【セネガルの困るところ】

①まだまだ英語が通じにくい ②観光客が多く、マイフレンド野郎がいること

(上記プロフィールはすべてインタビュー当時のもの)

セネガル、特にダカールに訪れて私が驚いたのは「路線バス」での出来事である。

私は今まで世界88ヶ国へと訪れてきた。その土地では必ず現地の公共交通機関に乗ることを心がけ、現地の生活を垣間見ることにしている。

ダカールでも例外ではなく、いつも通りにバスへと乗車した。

このダカールでのバス体験は、今までに訪れた国の中では「初めて」であると同時に、衝撃を受けたものであった。

 

ダカールは大都市ではあるが、アフリカということもあり、地下鉄やトラムと言った鉄道輸送はない。

在るのは、路線バスかタクシーのみで、路線図もなければ時刻表もないので、最初は戸惑うはずである。

 

バスは前後にそれぞれドアがあり、乗車と下車はどこからも可能だ。

運転手にお金を支払うことが一般的であるが、ダカールのバスには車掌が車内で座っている。

後ろドアの近くに車掌が居て、乗車したら車掌に行き先を告げてお金を支払わなければならない。

空いている時は特に問題はないのだが、混んでる時になると悩ましいことになる。それが「どうやってお金を払うか」だ。

基本的にダカールのバスは混んでいる、昼間でも満員で何本か見逃すこともあるほど。

これは上述にあるように、公共交通機関がバスのみ、そしてダカールの狭い地域で皆が移動するため、密度が高いことからこのようなことが起きる。

混んでいる時に彼らがどうやってお金を払っているのかを観察していると、私は驚いた。

 

それが「バケツリレー方式」でお金を支払っているのだ。

前にいるお客さんが後ろの人に行き先を告げて、それを何人かの客を経由しながら車掌のところへと持っていく。

そして切符とお釣りが同じように客のところへと戻ってくる。

ダカールでは「当たり前」の景色になるのだが、私はこれに驚きを隠せなかった。

 

もし東アフリカや南アフリカの国々なら、間違いなくお金が途中でなくなったりするトラブルになるはずだ。

しかしダカールではそんなことは起こらない。これは「イスラム教」の教えに忠実であるということだろう。物を取らない、御互いに助け合う。彼らはイスラム教の良さを守っているからである。客同士で信頼し合っているからではないだろうか。

 

バスに何度か乗るようになっていると、私も「バケツリレー」に参加することになる。前の人から行き先を聞き、お金と行き先を次の人、若しくは車掌へと渡す。そして切符やお釣りをまた渡す。

最初はフランス語喋れないし、場所もよく分かっていなかったけど、だんだんと慣れ来ると率先して「バケツリレー」をするようになっていった。

 

この経験は私の旅人生で初めてであると同時に、ダカールの治安の良さや日本社会では見られなくなってきた「共存」という部分を見ることができた。

ローカルな雰囲気に浸かることは、旅の醍醐味の一つだ。バス内のちょっとした地元の人との交流、私はほっこりとした気持ちになった。

 

【最後に読者の方に一言メッセージをお願いします。】

「アフリカ」と言うとハードルが高く聞こえるかもしれません。しかしセネガルは治安も良く、気候もいいのでとても過ごしやすく、旅のスタートorゴールとして最適な場所です。「思い込み」にとらわれず、自分の目で確認してみてください。

 

【セネ山備考】

世界88か国を旅した旅経験豊富なコーヘイさん。

 

「ちょっとやそっとでは驚かなくなった」

世界一周など、旅の経験が豊富な人からよく聞く言葉です。

 

そんなコーヘイさんがセネガルで「驚き」を感じたというのが、セネガル、そしてアフリカ旅の魅力を表していると思います。

他では決して触れられない異文化のあるアフリカ・セネガル。

ぜひみなさんも体験しにお越しください。

 

まとめ:持ち物の準備も忘れずに

さまざまな人の体験談を載せてみました。

アフリカ旅行に行くか迷っている人の第一歩を少しでも後押しできたら幸いです。

なお、セネガル旅行をしようかなという気になった方向けに、以下ではアフリカ旅行で役立つ持ち物をまとめています。

先進国への旅行と異なり、アフリカ旅行の場合、到着した後に「●●を持ってくればよかった…」となると、取り返しのつかない事になる恐れがあります。

短い期間でも、アフリカで生活をするつもりで、持ち物の準備はしっかり行ってくださいね。

 

アフリカ旅行ガイドブック セネガル(電子書籍)

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  • この記事を書いた人

セネガル山田(セネ山)

西アフリカのセネガルで宿「シェ山田」を運営しつつ、1日6時間・週5日のサーフィン生活満喫中|セネガルサーフツアー「セネサーフ」好評受付中|ブログは最大月4.2万PV|セネガル観光ラップで晋平太コラボ&TV出演も|著書『アフリカ旅行ガイドブック セネガル』|詳しいプロフィールはコチラ

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