1988年8月、刊行。吉本ばなな(よしもとばなな)2作目となる短編集『うたかた/サンクチュアリ』。
文化庁主催の芸術賞である「芸術選奨新人賞」を受賞。
処女作『キッチン』のヒットにより注目される中刊行されました。
僕は吉本ばなな作品は『TUGUMI』から読み始め、『キッチン』でどっぷり魅力にハマり、現時点では本短編集内の『うたかた』が一番好きな作品です。
以下、ネタバレを含むあらすじ、および読んだ感想(書評)などを解説していきます。
目次
吉本ばなな『うたかた/サンクチュアリ』の登場人物
登場人物はそれほど多くない上、名前も特徴的なので、混乱することなく読み進められると思います。
『うたかた』登場人物
うたかたでは、主な登場人物は以下の5人です。
鳥海人魚(主人公)
この物語の語り手。19歳の大学生。
結婚をしていない父と母の元に生まれる。母と2人でマンション暮らし。
人魚の母
人魚の母。元モデル。
人魚の父にずっと恋をしているところがあり、父の突然のネパール行きに同行する。
人魚の父
結婚をせず人魚の母と人魚を囲っている。
親の残した資産で好き放題に生きてきた。
家の前に捨てられていた嵐を拾い、育ててきた。
高田嵐(主人公の恋人的存在)
人魚の2つ年上の青年。
人魚の父の家の前に捨てられ、そのまま拾われて育てられた。
母親は人魚の母のモデル時代の仲間である真砂子。父は不明だが、人魚の父を、自分の実の父ではないかと疑っている。
さゆり
人魚と同じマンションに住む人魚の友人。
『サンクチュアリ』登場人物
『サンクチュアリ』では、主な登場人物は以下の4人です。
吉本ばななさんの作品では珍しい、男性の主人公です。
時田智明(主人公)
物語の語り手。大学生。
恋人だった友子の自殺を機に、ふさぎ込んでいる。
浜野馨(ヒロイン)
未亡人。海辺で号泣している際に智明と出会い、親しくなる。
昔はスポーツカメラマンとして「浜野鉄男」名義で活動をしていた。
大友友子
智明の高校時代のマドンナ的存在だった同級生。
年上の男と結婚するが、夫の浮気に苦しむ。
智明と不倫関係になるも、自殺する。
大友
友子の夫。
智明の写真が友子の遺品の中にあったのを発見し、友子が智明を好きだったと推測。
智明に興味を持ち、コンタクトを取る。
吉本ばなな『うたかた/サンクチュアリ』のかんたんなあらすじ(ネタバレ有り)
ここではかんたんにあらすじを記します。
『うたかた』
女子大生の鳥海人魚は、母と二人暮らし。
未婚の父に囲われて生きてきた人魚だが、ある日「兄」の嵐と運命的な出会いをする事で世界の景色が変わって見える。
そんな中突然、母から父がネパールへ行くと聞く。なんと母もついて行くという。
嵐に恋をして、母が病んで。家族の在り方が急激に変わっていく。
『満月―—キッチン2』
恋人の友子を亡くし傷心の智明。旅行先の夜の浜辺で、夫を亡くして号泣している馨と出会う。
ある日智明が地元を歩いていると、馨から声をかけられる。
「梅ジュースの誘い」をきっかけに、二人の仲は急速に発展していく。
吉本ばなな『うたかた/サンクチュアリ』の名言
『うたかた/サンクチュアリ』には、人生への示唆に富んだ沢山の名言があります。
ここでは、その一部をかんたんに紹介。
「幸せっていうのはな、死ぬまで走り続けることなんだぞ」(うたかた Kindle版位置No.961 / 1927) by 父
これは、以前僕が定義した幸福に似ています。
だからこそ、気持ちが分かる気がします。
人生って、常に生きている間は止まらないんですよね。
一見当たり前ですが、「平穏な」人生を当たり前だと思っている人は本当に多い。
一寸先は闇ですし、何が起こってもおかしくない。
人生なんて、そんな不確かなものです。
そんな中で、ある意味走り続け ”なくてはならない” のが人生。
止まりたいと思っても、時間は日々過ぎ去ってゆきます。
「家族はどこにいてもひとつだけど、人は死ぬまでひとりだ(うたかた 位置No.961 / 1927)」 by 父
これは、海外で一人住んでいる僕からすると、けっこう身に染みて考えさせられる言葉でした。
家族はどこにいてもひとつ。本当にその通りだと思います。
僕もセネガルに住んでいると、家族のありがたみを感じます。
人は死ぬまでひとり。これもその通りですね。
だからこそ『キッチン』でもあったように、
幸福とは、自分が実はひとりだということを、なるべく感じなくていい人生だ(満月―—キッチン2 位置No.825) by みかげ
という気がします。
「楽しいことなんか、まだいくらだってあるんだ(サンクチュアリ 位置No.1878 / 1927) by 智明
最後の最後に智明が馨に話した言葉。
これは、智明は馨へだけでなく、自分に言い聞かせたところが大きかったのではないでしょうか。
僕は北野武監督の映画『キッズ・リターン』のラストシーンを思い出しました。
『キッズ・リターン』の場合は、そう信じている彼らの哀れさ(つまり「人生はそう甘くないのに」という皮肉)を感じさせる空気感なのに対し、こちらは希望を感じさせるラストです。
北野武さんがこの作品を読んだら何を思うのか、気になる所です。
吉本ばなな『うたかた/サンクチュアリ』の評価
7.5点(10点満点中)
吉本ばなな『うたかた/サンクチュアリ』の感想
ここでは、僕の個人的な感想を記したいと思います。
『うたかた』家族の絆は形じゃない
周りからどう見えてもいい。なんなら実の娘からも。
二人だけが分かる、二人の繋がり。
そんな父と母の間に育った人魚。
父を毛嫌いする人魚が、物語の最後の父の言葉で、久しぶりに「お父さん」と言ってしまう。
このシーンは、ほんの一瞬の出来事ですが、かすかに家族の止まった時間が動きだす瞬間でした。
止まっていただけで、無くなっていたわけじゃない。
家族という強固な繋がりを意識させられるシーンでした。
『サンクチュアリ』幸せな日常。いけない事だと分かっていても。
どんな形であれ、幸せって儚いものだと思わされます。
8年間も付き合って、仲良く結婚生活を送っていても。
高校の同級生と不倫しても。
幸せの終わりは、いつも突然。
自殺した友子にとっての結婚後の人生も、まさにそうしたものだったのでしょう。
それでも、人は死ぬまで走り続ける。
吉本ばなな『うたかた/サンクチュアリ』が好きな人におすすめの作家と本
ばななさんの本はもちろんですが、あえて他の作家の本をおすすめしておきます。
ぜひ読んでみてください。
武者小路実篤
白樺派の思想代名詞的存在の武者小路実篤(むしゃのこうじさねあつ)。
理想主義的な言動で知られる彼の作品は、やはり人間の美しさを感じられる作品となっています。
吉本ばななさんの本と似ているのは、清涼な読後感。
きっと好きになると思います。
僕のおすすめは以下の3冊です。
北野武
本ではなく映画であり、かつテーマも家族ではないのですが、前述の『キッズ・リターン』は、人生への捉え方が吉本ばななさんの作品と大きく異なり、別の意味で楽しめます。
吉本ばなな『キッチン』以外の作品もおすすめです
ばななさんの作品は、どれも読後感が気持ち良いです。
一度ハマると、ずっと読んでいたくなるでしょう。
Kindle版も文庫もどちらもあるので、ぜひ読んでみてください。