チビアフ

【チビアフ第6話】上司に恵まれた。環境を変える大切さを知った。

投稿日:2019年1月16日 更新日:

(前回見逃した方へ 第5話はコチラ

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新卒1か月で無職になった僕。

ですが、文字通り「仕事を辞めた瞬間」に元気が湧いてきました。

 

自分でも驚いたのですが、退職翌日には転職活動を開始。

数日後から派遣として働きつつ、面接をこなした結果、7社位から内定をもらいました。

米国系webメディアを運営する企業に営業として入社しました。

(この時に身に着けた面接のコツのおかげで、正直受けた企業ほとんど受かりました。就活の時の自分がいかにダメだったか分かりました。このコツは後日記そうと思います)

 

入社して本当に驚いたのが、自由度の高さと雰囲気です。

前の会社では、

・入社1週目から残業

・出社時に大声で挨拶

・土日も働く前提の作業計画

・自宅に忘れ物をすると反省文1万字

・目標未達の人は毎週全社員の前で糾弾される

・タイムカードは謎の調整が発生(土日は打刻無し)

・朝7時から「有志の勉強会」という名の強制参加の研修

・新卒社員は「赤字社員」のレッテルがデスクに貼られる(物理)

 

といった状況でした。

 

それが、新しい会社では、

・ノルマ無し

・みんな有給取る

・ちゃんと土日休める

・怒られている人がいない

・昼食は好きな時間に食べてOK

・朝10時半までに行けば遅刻ではない

・タイムカードは”本当の勤務時間”が反映

 

同じ「企業」でもこうも違うとは。僕にとっては目からウロコでした。

(最初の頃、出社時に大声で挨拶して、会社のみなさんを驚かせてしまっていたのを思い出します。笑)

 

入社後は営業の得意な上司(部長的な)と二人三脚で、新規事業の立ち上げを行いました。

・テレアポリスト作成

・テレアポ

・訪問

・契約書作成

・利用規約作成

・サイト管理業務

・レポート作成業務

・ユーザーサポート的業務

 

と、新事業にまつわるありとあらゆる業務を経験。

正直、1か月で辞めた会社よりも働いてた時間は長かったのですが、1社目のように精神的に追い詰められる事が無かったため、すごく元気でした。

精神的な余裕の大切さを実感しました。

 

新規事業に取り組む事1年半。正直、事業は鳴かず飛ばずでした。

僕も売上がサッパリ上がらず。

 

当時の上司は放任主義。結果が出なくてもほとんど怒ったりしません。

手取り足取り教えてくれるタイプではなく、僕が質問すると、僕に質問を返して考えさせる。

なので、自分で試行錯誤して答えを出すしかありませんでした。

(上司の放任主義のおかげで、僕は1年半、自分の好きなように、営業という仕事を試す事ができました。また、結果の出ない僕の事で会社側からも色々と言われる事もあったと思いますが、それを微塵も見せずにいてくださったおかげで、伸び伸びと試行錯誤をする事ができました。

本当に感謝しています。Mさん、改めてあの時はありがとうございました。

また、そんな僕を見捨てずにいてくださった会社、特に当時の取締役のTさんの優しさには、何度も救われました。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

 

「自分はなんで営業ができないのだろう…」

と悩み、書店にあるありとあらゆる営業本を購入し、本の内容を「その通りに実践」し試行錯誤する日々を送ります。

(一般企業だけでなく学校法人や公益財団法人など、完全新規、代表電話からのテレアポで、本当に色々な業種の企業と契約を取りましたし、1年で20数社という新規開拓数だったので、いま思うとめちゃくちゃ悪いわけではないです。上司もあまり契約を取れていなかったので。当時も本を読み実践する中で少し手ごたえを感じていましたが、いかんせん単価の低い(数万円~)サービスで数字が上がらなかったので、モヤモヤとした気持ちを抱えていました。)

 

・初回訪問で契約手続きまでその場で完了させろ

・自分からは話さない

・笑わない

など、営業本は極端な内容のものも多く、かつBtoC(保険、不動産等)の営業についての本が多かったため、企業向けに営業を行う僕の仕事にそのまま当てはまらないものもありました。

ですが、やる前から「無理だ」と判断はせず、一つ一つ、そのまま試す。失敗を重ねながら、自分の仕事に合うやり方を見つけていきました。

(法人営業で初回訪問でその場で契約手続きとか、普通に考えたら無理ゲーっぽいですよね。ですが、実際に意識してやってみると、数は少ないながら、1年で何度もそうした経験をする事ができました)

 

そんななか、新規事業に取り組み始めて1年半後、その上司が突然転職する事になりました。新規事業も畳む事に。

僕にとっては世界の変わる出来事。不安でした。

 

そんな時、新しい上司になる、既存事業の部長Sさんと面談をする事に。

Sさんは、当時ただのお荷物だった僕に、どうやって営業をしているのか、僕の営業に対する姿勢や考え方を丁寧に聞いてくださいました。

 

「あのサービス自体が売りにくいものだった」

「山田の考え方は間違っていない」

「なんか山田はできそうな気がするぞ」

 

そう言ってくれた事が、どれだけ僕の事を励ましてくれたか。

人間、誰かに「信じてもらえる」って、本当に力が出るものです。

本当に感謝しています。Sさん、改めて、その節はありがとうございました。

 

面談の結果、既存事業の営業への異動が決定した僕。

当時は既存顧客への営業が大半でしたが、「新規開拓もやるべき」と主張していた課長のOさんとともに、僕は新規開拓を担当する事に。

リスト作りから始めました。文字通り「ゼロ」からのスタートです。

(会社は当時、新規開拓の可能性に半信半疑だったようでした)

 

すると…売れる。

 

いままでの1年半が嘘だったように、売れ始めました。

やっている事は同じなのに。

 

この時、環境が結果に与える影響力の大きさ、そして時には環境を変える事が大切だと身をもって感じました。

 

僕の営業のやり方は、一般的な営業マンのイメージからすると、違和感があったり、程度問題的に、常識から少し外れているところがあります。

たとえば、僕、電話の声が大きすぎて、一人だけ席を移動させられました。笑

 

そんな問題児の僕の事で、上司のOさんは色々とご苦労をかけたと思います。

それでも、Oさんは可能な限り、僕に寄り添って、僕の味方をしてくれました。

そのおかげで、僕はのびのびと仕事をする事ができました。

Oさん、改めてその節はありがとうございました。

(Oさんとは退職後もご飯に誘ってくださるなど、いつも声をかけてくださって嬉しいです。写真はNewsPicksのイベントにて。このあとご飯をごちそうになりました。)

 

そして、こうしてのびのびできたのも、取締役としてどっしり構えて、ギスギスしない雰囲気を醸成してくださっていたYさんのおかげだと思っています。

僕は本当に、上司に、そして本当に一緒に働く「人」に恵まれていました。

 

そうした恵まれた環境もあり、新規開拓の成果が認められ、新規開拓チームが発足。

社内最年少の僕に、年上の後輩が何人もできました。

個人としては、気付けばチームの売上目標の70%以上を売り上げ、社長賞を受賞。

退職前には社内最年少役職者になり、営業研修の講師も務めていました。

 

仕事の自由度も拡がり、楽しくなってきた。結果も出て、いたって順調。

そんなはずの僕は、なぜか「物足りなさ」を感じていました。

 

そんななか、のちに「ヤマダの夢事件」と呼ばれる(?)出来事が発生します。

 

(次回へ続く)

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