今日私は、自由を求める最も偉大な宣言として自分の黒歴史に残ることになるこの投稿を、皆さんと共有できることを嬉しく思う。
150年前、ある偉大な米国民が、奴隷解放宣言に署名した。
いま私は、数多の奴隷が送り出されたアフリカの大地に立っている。
この極めて重大な布告は、容赦のない不正義の炎に焼かれていた何百万もの黒人奴隷たちに、大きな希望の光明として訪れた。
それは、捕らわれの身にあった彼らの長い夜に終止符を打つ、喜びに満ちた夜明けとして訪れたのだった。
黒人奴隷という暗い過去は、いまやゴレ島を通じて世界の遺産になった。
しかし150年を経た今日、私は依然として自由ではない。
150年を経た今日、私の生活は、悲しいことに依然として高い意識を保ち、社会的地位の手かせと承認欲求の鎖によって縛られている。
150年を経た今日、私は評価経済という広大な海の真っ只中に浮かぶ、自意識過剰という孤島に住んでいる。
150年を経た今日、私は依然として評価経済の片隅で惨めな暮らしを送り、「自分」という国にいながら、まるで亡命者のような生活を送っている。
そこで私たちは今日、この恥ずべき状況を劇的に訴えるために、ここに集まったのである。
ある意味で、私は、小切手を換金するために心の奥底を見つめに来ている。
私の建築家たち、つまり自分をここまで支え育ててくれたすべての人達と社会が自分国憲法と成人宣言に崇高な言葉を書き記した時、彼らは、自分という人間が継承することになる高い意識約束手形に署名したのである。
この手形は、買ってでもしろと言われた苦しい経験と社会貢献活動は、社会的評価の向上、ひいては自己の幸福(楽しさ)につながる、という約束だった。
今日、この約束手形が不渡りになっていることは明らかである。
高い意識は、この神聖な義務を果たす代わりに、私に対して不良小切手を渡した。その小切手は「楽しさ不足」の印をつけられて戻ってきた。
だが私は、純粋な楽しさの銀行が破産しているなどと思いたくない。自分の可能性を納めた大きな金庫が資金不足であるなどと信じたくない。
だから私は、この小切手を換金するためにセネガルで生きてきたのである。自由という財産と楽しさという保障を、請求に応じて受け取ることができるこの小切手を換金するために、ここにやって来たのだ。
だが、この小切手にはもう頼ってはいられない。
私は、現在の極めて緊迫している事態を自分が忘れないようにするために、この投稿を記している。
今は、承認欲求の充足という贅沢にふけったり、資本主義という鎮静薬を飲んだりしている時ではない。
今こそ、自分の心の欲求を現実にする時である。
今こそ、甘い蜜の中に毒のある社会的評価の沼から抜け出し、日の当たる自分的正義の海へと歩む時である。
今こそ、私を、人の目という社会的抑圧の流砂から、真の自己の欲求の揺るぎない岩盤の上へと引き上げる時である。
今こそ、すべての意識の高い人間たちにとって、自己正義を現実とする時である。
この緊急事態を見過ごせば、致命的となるであろう。
私の正当な不満に満ちたこの極寒の冬は、自由と歓喜の爽快な夏が到来しない限り、終わることがない。
平成の終わりは、私の人生にとって終わりではなく始まりである。
私の真の欲求が実現されるまでは、心には平穏が訪れることはない。
自己正義の明るい日が出現するまで、反乱の旋風は自分の人生の土台を揺るがし続けるだろう。
しかし私には、自己正義の殿堂の温かな入り口に立つ同胞たちに対して言わなければならないことがある。
正当な居場所を確保する過程で、私は自己正義と反する行為を犯してはならない。
私は、承認欲求の杯を干すことによって、幸福への渇きをいやそうとしないようにしよう。
私は、絶えず表現と自立の高い次元での闘争を展開していかなければならない。
私の創造的な行為を、社会的評価という非本質的価値の追求へ堕落させてはならない。
私は、社会的な力に魂の力で対抗するという荘厳な高みに、何度も繰り返し上がらなければならない。
信じがたい新たな闘志が私全体を包み込んでいるが、それがすべての社会に対する不信につながることがあってはならない。
なぜなら、社会の人々の多くは、今日彼らがここにいることからも証明されるように、彼らの運命が私の運命と結び付いていることを認識するようになったからである。
また、彼らの自由が私の自由と分かち難く結びついていることを認識するようになったからである。
私は、たった一人で喜ぶことはできない。
そして、自分の心の欲求に正直に生きるには、前進あるのみということを心に誓わなければならない。引き返すことはできないのである。
サーフィンという運動に献身する人々に対して、「あなたはいつになったら満足するのか」と聞く人たちもいる。
私は、人間が社会的評価の重圧に対する恐ろしい残虐行為の犠牲者である限りは、決して満足することはできない。
私は、パソコンの前で疲れた重い体を、海の波の上やビールで休めることを許されない限り、決して満足することはできない。
私は、人間の基本的な移動の範囲が、一つの国の中である限り、満足することはできない。
私や私のように生きる同胞たちが、「一般常識にのっとった人専用」という標識によって、人格をはぎとられ尊厳を奪われている限り、決して満足することはできない。
自己欲求に正直に生きる者に価値はないと考えている限り、私は決して満足することはできない。
私は、今日ここに、多大な試練と苦難を乗り越えてきた人々が、あなたがたの中にいることを知らないわけではない。
一般常識の狭い監房から出てきたばかりの人たちも、あなたがたの中にいる。
高い意識で社会貢献を追求したために、称賛と羨望の嵐に打たれ、社会的評価の快感という暴力の旋風に圧倒された場所から、ここへ来た人たちもいる。
あなたがたは常軌を逸した苦しみの経験を重ねた勇士である。
これからも、自己の幸福は他者に依拠せず自分で決められるという信念を持って活動を続けようではないか。
自己の内奥にある本当の欲求へ帰っていこう。きっとこの状況は変えることができるし、変わるだろうということを信じて。
承認欲求の谷間でもがくことをやめよう。
友よ、今日私は皆さんに言っておきたい。
私は今日も明日も海に直面する。それが私の夢である。
それは、社会貢献に深く根ざした夢ではない。
極めて個人的な夢である。
私には夢がある。それは、いつの日か、波の上で飛び上がり、「すべてのサーファーは、30歳を超えても死ぬ気で練習すればエアーができる」というこの信条を実現させるという夢である。
私には夢がある。それは、いつの日か、日本か世界のどこかで、私とかつてのサーファー仲間たちが集まって、兄弟として海パンでチューブをメイクするという夢である。
私には夢がある。それは、いつの日か、自己欲求の改ざんと抑圧の炎熱で焼けつかんばかりのこの心でさえ、自由と自己正義の大海原に変身するという夢である。
私には夢がある。それは、いつの日か、私の幼い子ども心達が、社会の目によってではなく、自己の欲求そのものによって満足できるように生きて死ぬという夢である。
今日、私には夢がある。
私には夢がある。それは、社会的に評価されなくても、いつの日までも、自分が追いかけたい夢である。
今日、私には夢がある。
私には夢がある。「夢を持とう」と語られる時、なにか高尚なものがイメージされがちだが、別に人の役に立たない夢だっていい。
「人に評価される夢」で無くてもいい。
「私には夢がある」と無理に言わなくていい。
夢が無くてもいい。自分の心を素直に認めればいい。
それは、いつの日か、あらゆる人の自己肯定感が高められ、あらゆる過剰な自意識や社会的プレッシャーは低められ、トゲトゲした心は平らにならされ、曲がった気持ちがまっすぐにされ、そして自分の心が歓喜し、生きとし生けるものがその幸福を共に見ることになるという夢である。
これが私の希望である。この信念を抱いて、私は自分の心へ戻って行く。この信念があれば、私は、絶望の山から希望の石を切り出すことができるだろう。
この信念があれば、私は、人生の騒然たるクラクションをビートにして、情熱に満ち溢れたラップに変えることができるだろう。
この信念があれば、私は、いつの日も自由に音と波に乗り、立ち上がることができるだろう。
まさにその日にこそ、自分に対して、新しい意味を込めて、こう歌うことができるだろう。
Life それはそなたのもの
愛す うるわしき自由の地
Ryme そなたのために紡ぐ
Hive 父祖たちの逝きし大地
はみ出し者の誇れる大地
Chime 山々から鳴らす
Vibe 響かせるこの音 it's
time to stop a sigh, throw high mind
そして、社会が偉大な社会たらんとするならば、この投稿が現実とならなければならない。
だからこそ、ダカールの美しい丘「マメル」の上から自由の鐘を鳴り響かせよう。
これが実現する時、私はやりたい事のある人間すべてが、共に手をとり合って、なつかしい子ども心を話す事のできる日の到来を早めることができるだろう。
「ついに自由になった!ついに自由になった!自分を支えてくれたすべての人々に感謝する。私はついに自由になったのだ!」
(終)
(あとがき)
今回、自分の気持ちをどのように記そうかと考えた結果、自分を「高い意識に囚われ苦しむ奴隷」と見立てる事にしました。
それは、僕自身がいま、セネガルの首都ダカールという、奴隷貿易という過去と深い関わりのある場所にいるからです。
みなさんお気付きの通り、本投稿のタイトルと本文は、リンカーン氏の『奴隷解放宣言』、およびキング牧師の演説『I have a dream』の内容を元に制作いたしました。
「奴隷解放宣言」(1863年)|About THE USA|アメリカンセンターJAPAN
「私には夢がある」(1963年)|About THE USA|アメリカンセンターJAPAN
世界を変えたと言われる名演説の数々。
はたして、どのように人の心を動かしたのか。
自分が表現をする際の参考として、日々目を通しています。
リンカーン氏やキング牧師についてご興味のある方は、以下を読むと良いかもしれません。
なんとこの本、キング牧師の肉声演説CD付き。
日英対訳なので、英語の勉強にもいいかも◎